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一番最初に渡った島│クロアチア移住編

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2005年、クロアチアで民宿を開きたい!
とやってきて
まず始めたのは物件探し。

島で宿をするのが夢だったので
ダルマチア地方最大の街スプリットは素通りして島めぐりを始めた。

盛岡で会ったクロアチア人の友人マリヤの

500万円あれば、海岸沿いに家が買えるよ!

という言葉を信じて
日本で働いたお金はとにかく貯めてやって来た。

ゆきこ
ゆきこ

今は方法はあるだろうが、20年前の当時は貯めることしか思いつかなかった!

ところが…

いざクロアチアに入ると
500万円どころか2千万円以下の物件なんて
屋根のない廃墟しかなかった!笑

でも、諦めきれず
とにかくオグラスニック(今のニュシュカロの紙版のようなもの)を片手に、物件を探して周った。

一番最初に渡った島はスプリットから一番近いブラーチ島
その中でもスティヴァンに数週間滞在した。
なぜか気に入ったのだ。
古めかしい漁村の感じが当時はとても好きだった。

当時の私は28歳

今にして思えば

ゆきこ
ゆきこ

クロアチア語もままならない外国人の若い女性には皆、超優しい!

スティヴァンでの滞在も
最初の数泊こそ宿泊費を払って滞在したが
移住のため宿経営の物件探しをしている、と知って
数日も経つと

お代はいらないから、好きなだけ泊って行きなさい

毎日の食事も

家族と一緒に食べればいい

と無料のホームステイ状態😍

しかも物件探しまで手伝ってくれ

外国人のあなたでは騙されるかもしれないから

と、電話してくれたり
内見にわざわざついてきてくれたりした。


ご飯をや宿を頂く代わりに
掃除や皿洗いを手伝った。

日本食でてんぷらやから揚げ、巻きずしなどを作って
そんな交流をとても喜んでくれたご夫婦だった。


「ありがたい」という気持ちしかなかった。

ゆきこ
ゆきこ

クロアチアは本当に優しい人たちばかりだとこの時から思いました!

そんないい思い出しかないブラーチ島
残念ながら物件もなかったが
そこで民宿するイメージは生まれず離れたのを覚えている。

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